地元の住み心地は、地元の主に訊くのが一番!穏やかな心を持ちながら、激しい地元愛によって目覚めた名古屋最強の伝承者。それが〝超ナゴヤ人〟だ!『伝説の超ナゴヤ人に訊く』第4回は【千種区本山】です。
老舗精肉店『マルオト』3代目 内藤拓哉さん
地下鉄東山線は、住宅地としては市内で最も人気の高い沿線。本山駅の周辺は、3つの大通り沿いに飲食店や店舗が集まっており、大通りから一歩離れると立派な戸建住宅が並ぶ閑静な住宅街が広がっています。
今回は、そんな本山エリアで長年精肉店を営む『マルオト』の3代目である内藤拓哉さんにお話を伺いました。
家族経営の精肉店
『マルオト』は、実は筆者が本山に住んでいた頃に足繁く通っていたお肉屋さん。
人気商品のカツサンドが美味しすぎて、なかなかダイエットが捗らなかった思い出・・・
本山駅を特集することになって街ブラをしていたら、「あっ、まだ『マルオト』がある!」と嬉しくなって取材を申し込みました。
ーー『マルオト』は小売の精肉店ではないのでしょうか?
メインの業態は業務用食肉卸といって飲食店や介護施設、保育園などへの卸売りですが、
店舗では月に2回の特売日に小売でお肉の量り売りもやっています。
(※特売日はブログでチェックできる)今はスーパーでパッケージされたお肉を買う生活スタイルが中心になりましたが、「やっぱり『マルオト』のお肉が美味しいから」と、長年通ってくださる近所のおばあちゃんもいるんですよ。また、特売日以外にお肉を買いたいというお声も多いので、お肉の自動販売機を導入しました。ランチタイムのお弁当とお惣菜は「マルオトキッチン」として毎日販売していて、大学が近いので近所の学生さんに人気があります。
ブログを始めたり、LINEのモバイルオーダーなど、新しい試みもどんどん始めています。
来春4月には、今の店舗の隣にお弁当やお惣菜、カツサンドなどテイクアウトの専門店をOPENする予定。お店のデザインなども、若手のスタッフと相談しながらやっています。
ーーお店の歴史について聞かせてください。
『マルオト』という店舗名には、実は漢字があります。
『丸音』と書くのですが、元々は戦後まもなく瑞穂区で肉屋を創業した曽祖父の名前「音吉(おときち)」の「音」の字に、縁起の良い「丸」をつけたそうです。
その後、祖父の代でカタカナの店舗名にして本山に店を構えました。
父が祖父から店を継ぎ、僕は『マルオト』としては3代目になります。子供の頃は両親が店で働いていたので、事務所で従業員さんに遊んでもらったりしていましたね。焼き豚を作るのに使っていた水飴を舐めたり、資材の段ボールで基地を作って遊んだり。(笑)
家業を継ぐということ
ーー現在31歳。もともと家業を継ぐおつもりだったのでしょうか?
いえ、実は高校卒業して関西の大学に進学したときは名古屋に戻るつもりはありませんでした。そのときは強い思いで、親元を離れて家業とは違うことをやってみたいと思っていたんです。
しかし、在学中に父が倒れて、その時から「家業を継ぐ」ということについて少しずつ意識し始めました。そこから何年か自分の将来について考え続けて、大学を卒業した後も、大型船舶の免許を取ったり、北海道の牧場で働いていたり。湧別というサロマ湖の近くの牧場で、500頭の牛の世話をしていました。
僕は子供の頃から『マルオト』の肉やコロッケ、カツサンドを食べて育ちました。
物心ついた時から店があって、お客さんがいて、従業員さんがいる。
それが当たり前の景色だったんです。25歳の時に、『マルオト』の創業者でもある祖父がもう長くないことがわかりました。
働き者の両親と、肉屋という商売、そしてそこに来てくれる街の人たち…
当たり前だと思っていたこの景色が、実は尊いものであったこと、自分が今決断しないといつか無くなってしまうんだということにやっと気がついて、「無くしたくない」と強く思いました。本山で商売を始めたのは祖父ですが、遡れば曽祖父も肉屋をやっていました。肉屋という商売は、僕にとってルーツであり、アイデンティティなんですよね。今思えば、大学生の頃のバイトも焼肉屋で働いていましたし、卒業後も牧場で働いたり、結局全部が繋がっている。その歴史を止めたくないと思ったんです。
そこで、腹を決めました。
僕の人生の大きな転換点ですね。店を継ぐことを決めたときには、家族はもちろん、親戚や友達、昔からのお客さんまで喜んでくれて、自分の決断は間違ってなかったんだなと思っています。
僕はおじいちゃん子・おばあちゃん子だったので、商売の話をよくしてくれた祖父が亡くなる前にお店を継ぐことを伝えられて、それを喜んでもらったことが特に嬉しかったかな。
祖父母から聞いた創業の思いを、未来に繋げていきたいと思っています。
ーー経営について、お父様と意見が食い違うことはありませんか?
僕が店に入ってからは、お互いにお店に対する思いが強い分、父と衝突することも多々ありました。父は会社のトップだし、歯向かうこと自体甘えだと言われたことも。
親子だから遠慮がないんですよね(笑)何度も何度も本気でぶつかり合った分、今ではお互いが一番の理解者だと感じています。
踏襲する部分は踏襲しつつ、コロナのように大きく時代が変化してしまうこともある。どんな時代にも生き残っていくためには、変化が必要な瞬間もありますよね。そんな時も、父を始め祖母や母、スタッフなど、自分に関わる人の意見を聞いて決断したい。
来春にOPENするテイクアウト専門店など、いつも新しいことに挑戦させてくれる父には感謝しています。
人と人のつながりこそが商売の礎
ーー『マルオト』さんが長年地元で愛され続けている秘訣はなんだと思いますか?
やはり「人」だと思います。
社員やお客さん、仕入れ先の方との関わりですね。祖父が大切にしていたのは、まさに「社員は家族」というバリバリ昭和の関わり方(笑)
今は生き方も多様化しているし、プライベートを大切にする時代なので多少工夫は必要ですが、「人と人のつながりを大切にする」という祖父の考え方のベースは守り抜きたいと思っています。現在、『マルオト』には10代〜70代と幅広い年齢のスタッフが働いています。学業とアルバイトを両立している学生さんや、子育て中の方、親御さんの介護を頑張っている方、フリーターの方、体が動く間は働きたいと長年勤めていただいている方。それぞれのスタッフさんにバックグラウンドや人生がある。それを家族と同じように大切に思うからこそ尊重できるし、だからこそここで働いてくれていて、商売が成立しているんだと思っています。
その姿勢はお客さんに対しても同じです。
卸は毎日配達しますので、毎日コミュニケーションがあります。
また、量り売りというスタイルは経営的な目線に立つと正直非効率ではあるのですが、『マルオト』のスピリットでもある「地域のお客さんとの何気ない日常会話」の積み重ねを大切にしたい。その思いがあって、月に2回の特売日を継続しています。これからも特売日は細々と続けて行きたいし、できれば増やしていきたいですね。食肉学校の店舗実習先が京都の商店街の中にあるお肉屋さんだったのですが、毎日顔を合わせてお店の人とお客さんが何気ない会話をする商店街の雰囲気が大好きなんです。
そんな雰囲気が『マルオト』にもある。一度実家を離れてみてその尊さがわかったので、守りたいと思っています。それもあって、テイクアウトのお店を始めることにしました。窓を大きくとって、作っている人の顔や作業が見えるようにするつもりです。
あとは、品質を守り続けるためのスタッフの教育に力を入れています。
食肉の学校で学んでわかったことは、知識や高い技術が必要な仕事だということ。やはり商売は安定した品質と安定した供給があってこそだと思うので、パートの従業員さんにもきちんとした知識を身につけて欲しい。それで、肉を半頭で仕入れ、部位や残骨の残りやすい場所などを実演しながら解説しています。
幅広い客層と世代を超えた常連さん
ーーマルオトの客層に特徴はありますか?
スタッフの年齢層が幅広いという話をしましたが、お客さんも同じなんです。近所の大学の学生さんや、子育て中のお母さん、働き盛りのサラリーマンの方、長年通ってくれているおばあちゃんまで年齢に偏りがありません。
折込チラシや店頭ポップもクラッシックなイメージを大事にして、幅広い年齢層に訴求しています。食べ盛りの人向けに作ったステーキ丼を、80代のおばあちゃんが買ってくれたりするのは嬉しい瞬間ですね。
新築の住宅もたくさん建っているので、県外から新しい人も引っ越して来られて、少しずつ世代交代も感じます。特に嬉しかったのが、学生の頃に近所の大学に通っていて『マルオト』でカツサンドやお弁当を買ってくれていた方が、この近くに引っ越してきて「まだあの店がある!」と立ち寄ってくれたこと。
長くお店をやっていると、そうやって時間を超えた常連さんになってくれるお客さんもいます。そこにまたコミュニケーションが生まれて、人と人のつながりができる。これは、長く同じ土地で商売をやっていく醍醐味ですよね。
本山の魅力
高級住宅地でもあり学生街でもある、落ち着いた街並み
ーー本山という街についての思いを聞かせてください。
僕自身も本山に住んでいて、この街が大好きです。
名古屋地方気象台や大学があって、落ち着いた街並み。
高級住宅地でもあり、学生街でもある、そんな感じでしょうか…
大通りが3つもあって、小さい通りもそれなりに賑わっていて、美容院やカフェ、飲食店は本当にたくさんありますよね。僕自身がまだ開拓しきれていないです(笑)
新しくできたおしゃれなお店と、昔からあるようなお店、大衆的なお店がうまく融合している街だと思います。『マルオト』のスタッフやお客さんでもそうなのですが、住んでいる人だけでなく学生さんもたくさん歩いていて、特定の年齢に偏りがないのが、逆に大きな特徴かもしれませんね。
例えば、僕がランチでよく行くのは納品先でもある「ジャンボチャイナ」さん。ご夫婦で40年営業されている昔ながらの小さな街中華です。ランチタイムは近所のサラリーマンや若い学生さんで賑わっていますよ。スペシャルランチはボリューム満点でおすすめです。
お気に入りスポット
城山八幡宮
ーー最後に、本山のお気に入りのスポットを教えてください。
一番のお気に入りは城山さん(城山八幡宮)です。
子供の頃からよく来ていたし、愛着もあって、心が落ち着く場所ですね。願掛けもあるし、忙しくて自分の心を見失ってしまいそうなときに行きます。
朝行くと、すごく気持ちが良いんですよ。階段を登ると本山の街が見渡せる場所があって、そこで小鳥の声を聞きながら、気持ちがリセットできるというか。
実際「ツキ」がくるんですよ。迷信かもしれませんけど(笑)
西原珈琲店
2つ目は、四谷通り沿いの『西原珈琲店』。
本山にはおしゃれなカフェがたくさんありますが、僕は経営のことなど考え事がしたい時に静かな環境を求めてよく利用します。
店内のインテリアや雰囲気がすごく落ち着いていて、豆を挽く音やドリップの音がいいBGMになって、集中していろんなことを頭の中で整理できる。
店に入ったばかりの頃は、将来の構想を考えたりするのによく行っていました。
平和公園
3つ目は、猫洞通を上っていた所にある『平和公園』ですね。
桜の季節には必ず行きます。
駅から少し離れていますが、お店からだと15分かからないくらい。
普段は仕事の考え事をしたり、広場で体を動かしたり、散歩するときにも行きますね。あれ、なんか考え事ばっかりだな(笑)
日頃、家族やスタッフと過ごす時間が長いのと、経営のことで色々と考えたいことがたくさんあるので、自然とそういう場所を求めているんですかね。
編集後記
「当たり前の景色を無くしたくない」という内藤さんの思いがあったからこそ、本山に老舗のお肉屋さんが残り、そこに出会いや会話、笑顔が生まれ、『マルオト』という物語が続いていきます。
本当の街の価値とは、そこに暮らす「人の思い」であり、「暮らし」そのもの。
たとえその街を離れても、その人をかたち作るもの。
大切な景色を守ろうとする「人」こそが、その街の財産なのだと強く感じました。
『マルオト』 店舗概要
住所:名古屋市千種区本山町3-5
店舗営業時間
カツサンド・揚げ物の販売:10:30〜14:00
ランチタイムのお弁当の販売:11:30〜13:00(オーダーストップ)
毎月2日間の特売日:10:30~18:30(18:00オーダーストップ)
定休日:水曜日・日曜日・祝日
ブログ:http://maruoto.jugem.jp/
(おまけ)
取材の中で発覚した新事実。
それは、内藤さんが私の大学の後輩であったこと。(干支一回り分)
夫が会社の3代目ということもあって、個人的にシンパシーが湧きまくりの筆者なのでした。