伝説の超ナゴヤ人に訊く

伝説の超ナゴヤ人に訊く【中区大須観音】【中区上前津】大須赤門の『男キモノ&バー蛙屋』樋渡昌寛さん

地元の住み心地は、地元の主に訊くのが一番!穏やかな心を持ちながら、激しい地元愛によって目覚めた名古屋最強の伝承者。それが〝超ナゴヤ人〟だ!『伝説の超ナゴヤ人に訊く』第3回は【中区大須観音】です。

大須赤門の『男キモノ&バー蛙屋』樋渡昌寛さん

今回お話を伺ったのは、大須赤門通にて「お酒の呑める男キモノ専門店」という個性的なお店『蛙屋』を営む樋渡昌寛さん。

大須という街に流れる独特の空気感や、この街で店を構えたきっかけ、男キモノに対する思いなどを伺いました。

▲蛙屋オリジナルの着物ブランドも立ち上げた

キモノ好き&個性的な仲間が集うBAR『蛙屋』

もともと大須でデザイン事務所を経営されていた樋渡さん。
趣味全開のお店をOPENしたきっかけは「たまたま1フロア下の物件が空いたから」なのだそうです。(移転前の店舗)

▲以前の店舗の様子

 

ーー『蛙屋』をOPENしたきっかけについて教えてください。

2014年からこのお店を初めて10年になります。
おかげさまで、11月には新店舗に移転しました。

僕は元々Webや広告のグラフィックデザイナーで、この店の上階がそのデザイン事務所なんです。
元から飲食店をやりたくて大須の物件を探していましたが、なかなか見つからなくて。
そんなときにたまたま真下の店舗が退去したので「やるならここしかない!」と直感して思い切って借りてしまいました。

お店のコンセプトは男キモノ。
十数年前から毎日キモノ生活をしていて、最近ではキモノのデザインもやっています。

ーーお店のお客さんはどんな方が多いですか?

うちは店名でもわかる通り、もともとは「着物を着て楽しみたい」というニッチな客層狙い。だから自然と常連さんが中心になりましたね。
自分が50代ということもあってか、平均年齢は50代後半かも(笑)
最長老はなんと85歳!20代や30代のお客さんが来ると、みんなが自分の息子や孫を可愛がるように温かく相手してくれます。

平日は地元の方が中心ですが、週末になると岐阜や一宮、刈谷からも着物姿の常連さんが集まってくれます。
皆さん着物姿だと一見堅気には見えなかったりするんですが(笑)
実は学校の先生だったり、企業の社長さんだったり、ある分野のエキスパートだったりして、マニアックな話が飛び交って面白いですよ。

あと、近所の同業者(飲食店)が自分達の定休日によく来てくれます。
大須って、他のエリアに比べて飲食店の店主同士がすごく仲が良いんですよ。
下町情緒というか、店主のキャラもマニアックな人が多いし、自分たちが好きな店を人にも知ってもらいたいというか。
お客さんに「どこか面白いお店ある?」って聞かれるとどんどん仲間のお店を紹介し合う、みたいな独特なところがありますね。
まさにライバルというより仲間!

お客さんのキャラもそれぞれ個性的。
僕に会いに来るというよりは、常連さん目当てで来るお客さんも結構いたりします。
『蛙屋』で待ち合わせをしてみんなで飲みに行ってしまう時なんかはちょっとジェラシー感じる時もあります(笑)

『蛙屋』を初めて10年になりますが、実は今まで宣伝はほとんどして来なくて、お客さんの口コミでここまで広まったという感じです。

お客さんに「『蛙屋』は良いお客さんばかりで落ち着くね。今度友達も連れてくるよ!」って言ってもらえるのが一番嬉しいですね。
実はこういう変わった形態のお店なのでテレビの取材依頼も結構来るんですけど、ほとんどお断りしてるんです。

『男キモノ』専門店

ーーお店のコンセプトでもある「男キモノ」について教えてください。

うちの店の着物は、普段着の「男キモノ」に特化しています。
特別なイベントがあったりする時じゃなくて、街をぶらついらり、買い物したり、お酒を飲んだりといった日常に気軽に着られるカジュアルキモノ。

男性の場合、着物屋に行ってもまずは敷居と値段の高さにビビっちゃうし、そもそも男性のニーズが少ないので置いてある商品はほとんど女性用なんです。
あたふたしていると店員がニコニコ顔で近づいてきて、高い着物を買わされそうになったりして(笑)

実際に僕が着物にハマり出した時の一番の悩みが「男性着物が買える店が圧倒的に少ない」ことだったんですよ。
そんな経緯もあって、着物屋をやるなら「男キモノ」専門でやろうと思ったんです。

うちの店は着物の入り口として楽しんでもらえるようにしたいので、木綿の洋服生地で、カジュアルだから着やすいんですよ。デニムの生地もあります。
自分で洗濯できる着物というコンセプトで、アイロンもかけなくてもシワを伸ばして干せば意外と大丈夫なんですよ。

大須には沢山の着物屋さんがありますが、うちはどことも業態が被らない。
「他の店で男キモノを探しているって言ったら『蛙屋』を紹介されました」と言ってくれるお客さんも多いですね。
うちでも、高級呉服や古着の男着物を探しているお客さんには、呉服屋さんや古着屋さんを紹介したり、うまく共存しています。

着物屋の中にBARを作ったのは単純にお酒が好きだから(笑)
本当のことを言うと、もっとリラックスして砕けた雰囲気で着物を選んでもらいたいと思ったからですね。
呉服屋さんみたいにちょっと緊張してしまう空間ではなく、お酒を飲みつつ他のお客さんにアドバイスしてもらったりしながらね。

実際に、うちで仕立てた着物を着て飲みに来るお客さんもいるし、その着物姿を見て「こんな風に着こなしたい!」って思うお客さんも沢山います。
時々飲みすぎちゃって、酔った勢いで着物を買っちゃう人もいますけど(笑)

ーー男性の着物文化は実際に浸透してきていますか?

大須に住み始めて、毎日着物を着て生活するようになった10数年前には、大須の中でも昼間に着物姿の男性とすれ違うなんて滅多にありませんでした。

せいぜい大須演芸場に出演している落語家さんくらい。僕は良く落語家さんか踊りやお茶の先生と勘違いされてましたね。
大須演芸場が一度経営難で閉館した時には「これから大変ですね。頑張ってください!」なんて近所の方から声をかけられましたっけ(笑)(※大須演芸場はその後一般社団法人として再建)

ところが、『蛙屋』をやり始めて2〜3年も経つと、週末などには大須商店街の中でちらほらと着物姿の男性を見かけるようになったんです。
こう言ったらナンですが、大須に着物男子が増えたのは大袈裟じゃなく『蛙屋』のおかげだと思ってますよ!
最近では鬼滅の刃や刀剣乱舞などのアニメの影響もあって、堅苦しいイメージを持たずにファッションの一部として着物を取り入れる若者も増えてきていて、とても嬉しく思います。

この街は、僕らのようなオヤジ世代だろうと、ペーペーの若者だろうと、『面白ければ』何でも受け入れてくれる吸収力があります。そして、それらを街の文化として発信する力がとても強い。それが大須の大きな魅力なのかもしれませんね。

▲ポップな洋服生地を使ったオリジナル男キモノは33,000円(税込)〜遠州木綿などの生地も仕立てられます。

 

▲初心者におすすめなのが約1万円で買えるプレタのデニム着物。誰でもおしゃれにキマります。

コロナ禍、緊急事態宣言、飲食店の休業要請・・・ピンチをチャンスに!

ーーコロナ禍では大須の街にも大きな影響があったと聞いていますが、『蛙屋』さんはいかがでしたか?

緊急事態宣言のときは休業要請もあって、長いこと店舗の営業ができませんでした。

飲食店にとっては未曾有のピンチでしたが、逆に僕にとっては最大のチャンスとなりました。
というのも、兼ねてから『蛙屋』オリジナルの着物ブランドを立ち上げたいという構想があったのですが、なかなかまとまった時間が作れなくてアイデアを形にしていくことが一向に進まず悶々としていたんです。

そんな時にやってきたのが緊急事態宣言。
お店の営業ができないので、営業時間がまるまるブランドのために使えました。
幸い、僕のアイデアを形にしてくれる心強いパートナーもできたので、ひたすら試作でした。

先ずは帯やマスクカバーなどいくつかの商品を完成させて、クリエーターズマーケットに出品。
お客さんの反応も上々で、今はスポーツニット生地を使ったTシャツタイプの半襦袢やポップな洋服生地のカジュアルキモノを作っています。

下町情緒と人情が繋ぐ「大須」という街

「面状」に広がる商店街

ーー「大須」の街の特徴を紹介してください。

大須は1丁目から4丁目までありますが、一般的な「大須」は大須商店街を中心とした2丁目・3丁目ですね(笑)
大須商店街のエリア内には、通りごとに8つの振興組合があって、約500店舗が組合に加盟しています。

よくある商店街は、メインの通りが1本あってその「線」を中心にお買い物をするといったスタイルですよね。
大須商店街の場合、東西と南北にそれぞれメインの通りがあって、その通りの間を裏路地が張り巡らされているので「面」なんです。

裏路地やビルの中に入っている飲食店はほとんど組合には入っていません。大須エリアの店舗数は実質1,000を超えていると思いますよ!
だから大須をくまなく探求しようと思ったら、1日やそこらでは全然足りないですよね。

昼間に良く大須に買い物に来る人から見ると、大須っていつも人で溢れかえっていてうるさいイメージかもしれませんが、実際に住んでいるとあまり気にならないというかその状況に慣れちゃいます(笑)

実際、昼間でも人が多いのはメインの商店街の通りだけで、逆に朝晩はめっちゃ静かです。
商店街の店舗が開店するのがだいたい11時頃。そこからちらほら人がやってきて、賑やかなのはせいぜい夜8時くらいまで。
我々のような夜の店にとっては、夜ももっと賑わってもらいたいくらいです(笑)

ーー1店舗の店主の立場として眺めたときに、大須の魅力はどんなところですか?

僕のようなまだ大須に住んで20年足らずの新参者が、大須中身の話をすると叱られそうですが。(小声)
やっぱ大須ってちょっと変わっているな〜って思います。
あくまで僕個人の意見ですよ(ココ大事)

「江戸っ子」じゃないですけど「大須っ子」といいますか、昔から何代もこの大須で商売をやっている方や地主・大家さん達の大須に対する熱量やリーダーシップは半端ない!
大須夏まつりや大道町人まつりなどは、我々外様の店子が割り込む余地がないくらい「大須っ子」のみなさんが中心になってエネルギッシュに引っ張ってくれる感じがあります。(実際は優しく受け入れてくれますよ)

それとは別に、組合員じゃない路地裏の店や夜の飲食店など、大須に憧れて外からやってきた個人店の店主たちの連帯感は、「大須っ子」達とはまた違う別のつながりがあるんです。
商店街に全ておんぶに抱っこではなく、個人店1つ1つが「僕らが面白いことやってるから大須が面白くなってるんだ」というプライドがすごくある。

いい意味でお互いに刺激しあってるというか、反発してるわけじゃないけど、1つ1つのお店は商店街というより「大須」という街が好きで集まってるんですよね(笑)

実は今、この辺(特に商店街の中)の家賃がどんどん上がってしまって、名古屋でもトップクラスらしいんです。それだけ大須に人が集まるから価値が高いということなんでしょうね。

昔は家賃も安くて、裏路地に変なお店がたくさんありました。そこが大須の良さで、下町情緒というか、猥雑というか、だからこそ人が集まってきたっていうのがある。

数年前のタピオカブーム以来、食べ歩き系のお店が急増したり、大きな間口の古着屋さんや大型チェーン店が続々参入していますが、ほとんどが東京や大阪、韓国や中国などのいわゆる「外資系」ですね(笑)。

個人的には、昔からから頑張って大須にしがみついている店や、この猥雑な雰囲気こそが大須らしくて、僕は好きですけどね。

お気に入りスポット

ーー樋渡さんのお気に入りのスポットはありますか?

アオサンズ

すぐ近所に、バインミー のお店「アオサンズ」があります。
店長のヒロちゃんは、たまたま東京で食べたバインミーに惚れ込んでそのままそのお店で働いたり、ベトナムまで修行に行っちゃうくらいバイタリティーのある明るくて元気な女性。

伏見や大須で間借り営業をしていましたが、大須の人情に惚れ込んで、2020年9月に遂に念願の自分のお店を開店したんです。
開店前から大須にすごく馴染んでいたし、大須の飲食店の仲間からだけでなく誰からも可愛がられるみんなの妹のような存在です!

 

▲ベトナムのバインミー「アオサンズ」
▲パリパリのパンが美味しいバインミー!
▲アオサンズのヒロちゃんはみんなの妹のような存在。

大須おみやげカンパニー

あと、個人的に大須で大変お世話になっているのが『大須おみやげカンパニー』店長の石原基次さん。
この方は僕にとっては大恩人で、大須生まれ大須育ちの「大須っ子」です。

今年、第43回目を迎える大道町人まつりの創成期に実行委員長を務めたこともあるという重鎮。
大須の歴史だけでなく今の大須の状況にも詳しいので、商店街の広報のような存在です。

基次さんとは、たまたま大須の同じマンションに住んでいたんです(笑)
偶然一緒に乗り合わせたエレベーターの中で、僕が「大須の行事にもっと関わったり恩返しがしたい」という話をしたら、すぐに僕を大道町人まつりの実行委員に推薦してくれました。
また、妻を「大須案内人」に推薦してくれたり、とにかく人情が熱くて商店街の理事の中でも話しやすくて頼りになる方です。
(大須案内人:大須に来る人達にお店などを案内するボランティアスタッフ)

大須愛が強いというか情熱がありすぎて、時々僕も変なことに強引に巻き込まれちゃうこともありますね(笑)

そういう恩があるからこそ、若い人が新しくこの町で店を始めるという時には、恩返しの意味で自分がしてもらったように応援したくなります。
この街には、そうやってご縁が繋がっていく感じがありますね。

 

▲大須おみやげカンパニーでは大須演芸場の定席寄席の前売り券も販売している。
▲大須観音通商店街振興組合の理事長の石原基次さん。最近では大須演芸場裏手にある那古野山古墳公園愛護会のメンバーとしても活動されている。(那古野山古墳公園にて)

美味しい日本酒と小腹飯、楽しい会話に癒される

丸2日かけて大須の街を歩き倒し少し疲れていたものの、樋渡さんのお話を伺ってこの街の温かさに少し触れられた気がしました。

この日は、蛙屋さんのカウンターで1日の疲れを癒やしてもらうことに。
美味しい日本酒と手作りの小腹飯、カウンターで隣に居合わせてお話しさせていただいた、この店の常連のカメラマンさんとの楽しい会話についついおしゃべりが弾みます。

誰も拒まれない懐の深さと、面白い人と出会えそうなワクワク感に、ますます大須の街が好きになりました!

▲大須の街を1日歩き倒した疲れも吹き飛ぶ「日本酒飲み比べセット」
▲おすすめの日本酒をセレクトしてもらえる。まろやかさ、後味、香り、どれも美味。
▲干し椎茸の出汁が効いた冬瓜の煮物は、まさに「お母さんの味」。
▲その日に巡りあわせたお客さんともすぐに打ち解けられる雰囲気。美味しいお酒と楽しい会話を気軽に楽しめる。
▲お店では落語会も企画されている。

編集後記

「多国籍グルメ食べ歩きの街」「若者の街」「サブカルの街」という印象だった大須の街。
樋渡さんにお話をお聞きして、大須の最大の魅力は新旧の「ごった煮」を受け入れる懐の深さと、人情で繋がる下町の温かさであることがわかりました。

一度きりの人生、面白い人と繋がって、面白く生きたい!というあなたにとって、家族のような仲間ができる街かもしれません。

後日談

昨年秋に移転した『蛙屋』。新店舗の様子の写真をいただきましたのでご紹介します。

▲カウンターの席数が増えました。
▲テーブルは2席。小上がりの和室にはキモノが展示されている。
▲ボトルキープの人気は余市や竹鶴など
▲蛙屋オリジナルブランドのキモノ
▲落語会も引き続き企画されている

店舗概要

男キモノ&BAR蛙屋
住所:名古屋市中区大須2-6-9 クリスタルスクエアビル3F
営業時間:月~金 17:00~24:00(L.o 23:30)
土・日・祝 15:00~24:00(L.o 23:30)
定休日:火・水

普段は取材を受けられていないのに、対応していただきありがごうございました!

アオサンズ
住所:名古屋市中区大須2丁目6-22
営業時間:11:00〜19:00
定休日:月曜日、不定休

大須おみやげカンパニー
住所:名古屋市中区大須2-18-20
営業時間:10:00〜18:00
定休日:水曜日(祝日・18日・28日は営業)

ABOUT ME
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veronica
名古屋在住の不動産ライター。方向音痴の宅建士。大学卒業後不動産仲介営業を経験し、結婚で名古屋に転居。現在はポータルサイトで不動産コラムの執筆や企画などを中心に活動中。自称和装が似合うマダム。高校生と小学生のママで、星野源が好きです。