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delaDESIGNERS「納まり」のデザイン/地場工務店経営 いのっち★工務店大家さん [建設業×宅建業]

INOCCHI KOUMUTEN [builder]

今や〝デザイン〟とは、形だけの美しさや機能性のみを意味する言葉ではありません。デザインの本質である「気づかい」や「思いやり」を自らの仕事に反映しカタチに変えている仕事人をデザイナーとして捉え、紹介する『delaDESIGNERS(デラデザイナーズ)』。消費者でしかない私たちが普段接することのない〝作り手〟がどのような考えでものづくりと向き合い、今後どこに向かっていくのか?そんな〝デザイン〟に携わる方々の人となりや人生、キャリアを掘り下げることで、現在のナゴヤを形作るデザインの系譜とその真髄に迫ります。第2回は、愛知県で地場工務店を経営する いのっち★工務店大家 さんにお話を伺いました。

■text&interview:ouki(2024.5)

「納まり」のデザイン

ハイ、新築♪

──まず、なぜいのっちさんが「delaDESIGNER」なのかという話なのですが…

本当そうですよ。なんで自分が今日呼ばれてるのか、全くわかっていませんから(笑)。僕がやっている物件がデザイナーズ住宅かって言われると、全然違いますからね。どちらかと言うと、ちょっと嘘っぽいやつ寄りなんですよ(笑)。で、先に手直し的なものをぱぱっとやって、時々無垢の床とか貼って、それで売却しちゃうっていう。

売主の事業収支で考えるとそっちの方が利益が出るっていう意味で、どちらかと言えば、デザインと買取再販って基本的に相性が悪いのでは?と思っている方です。ましてやデザイン料なんて取れないですし、仮にそれをオンしたところで、やっぱり名古屋の今の市況を考えると、余程の好立地でもない限り、中古マンションは高値で売れにくいっていう現実もあります。あんまりそこにお金をかけ過ぎると利益が出ないので、そのバランスが毎回テーマになるんですよ。

この前も売主さんと「今回はどこまでやって、どこをやらないか」っていうのを打合せしました。いつも悩んでるんですけどね。廊下に面したドアは塗るけど、部屋の中にあるクローゼットは塗らないとか。今回は玄関入ってリビングに行って窓を見るところまで、視界に入るところだけはやりましょう、とか。そんなことばっかりやってます(笑)。

──実はいのっちさんから最初にそういったお仕事の話を聞いた時に、私は「ああ、これこそデザインだ」と思ったんです。取捨選択こそがデザインだと。それもあって、私はいのっちさんのXのポストが好きなんですよね。「ハイ、新築♪」っていうアレです。新築じゃねーだろ!という。確かに綺麗なんだけど、新築じゃないことだけは分かる(笑)。

ありがとうございます(笑)。そういうツッコミをもっとしてほしい。笑って欲しいので(笑)。

──そこは「すごい!いいですね!!」とかじゃなくて誰かがね。クスッて笑って欲しいところですよね。でも、いわゆるデザイナーだとか、学校でデザインを学んだとか、グラフィックをやっているとか、それだけがデザインじゃないんだと。作り手の「気づかい」や「思いやり」が形になったものがデザインなんだというのが、本誌delaDESIGNのコンセプトだということもあるのですが…。

そういう意味では「思いやり」っていうのは凄くいいですね。何となく呼ばれた意味が分かってきました(笑)。

──エンドユーザーである買主に対しての「思いやり」ももちろんそうですし、クライアントである売主に対しての「思いやり」ということでもあると思いますし。正直不動産ならぬ〝正直工務店〟いのっちさんの、仕事に対しての姿勢みたいなものをぜひお話いただければ。

それは僕ら施工屋も、職人たちも発信していかなければいけないところですね。そこを分かってもらえると、きっとやりがいにもつながります。シンプルに嬉しいところですよね。うちはあくまでもデザイナーというより施工屋ですから。

その、oukiさんの仰る「思いやりのデザイン」っていうのは「納まり」って言うんですよ。現場的には。

──「納まり」のデザイン。

例えば家の中のちょっとした角が「トキントキン」に尖っているとか。名古屋弁ですけど(笑)。「トキントキンに尖ってるといかん」ものですから(笑)。

木がささくれたりして、刺さると痛そうな箇所があると。これの角を丸く面取ったり、なだらかにするのを現場レベルでは「納まり」と言っていて、それはもう施工屋が最低限当たり前にやってきた部分なんですけど、やっぱりそれなりに手がかかるんです。でも、そこにこだわっても頂くお金には一切反映させられない。

この角の話はもちろん例えですけど、そんなのが無限にあるわけですよ。現場一件ごとにこだわって、その場で見つけた問題を職人と話し合って。やっぱり図面の上だけでは分からないことも多いんですよね。それがこういうブログマガジンとかSNSによって伝わるっていうのは、施工屋冥利に尽きるというか。やっぱり嬉しいところです。

トイレ1つ選ぶにしても、サイズを設置するスペースを測って、間口を測って、ただ「設置できればOK」じゃなくて、実際の動きを想定しながら確認して。でも、最終的にクライアントに提案したら3秒でポシャって(笑)。数十時間かけた提案が3秒でそれ(笑)。まぁそれは、この業界に関わるようになってから何度でもあることなので仕方ないんですけどね。

▲トイレのビフォーアフター例。背面開口部の大きさを最大限に生かして光り輝くTOTOネオレストが美しい。

実はコンサルに近い「問題解決の仕事」

──でも、いのっちさんみたいな地場工務店とお付き合いができる暮らしって、実はみんな憧れているんじゃないかと思うんですよね。例えば以前にお聞きした、お風呂をちょっと変えたいおばあちゃんの話。全部ユニットバスに取り替えたら百万単位の仕事になるのに「床だけ変えましょう」と提案したと。「だって冷たいのが嫌なだけでしょ」って、床だけ変えたというお話は感動しました。値引き云々の話ではなくて、そういう提案をそういう風にしてくれる人って、大手には基本いないんじゃないかと思っていて。やっぱりそうした「納まり」を考えているからこそリピーターが出てくるんだろうなと。

確かにリピーターは出ますね。リフォームとか営繕仕事とかって、そのものを壊して作るのは簡単なんですよ。難しいのは、まずおばあちゃんの悩みがあって、その悩みの部分をどう解決するかという提案じゃないですか。それはもちろん、丸ごとお風呂を変えれば当然に解決するんです。でも床が冷たいから何とかしたいっていう悩みに対して、お風呂を丸ごと変える必要はない。で、解決方法として「じゃあ床にシートを貼りましょう」っていうのを工事に落とし込んで提案するわけですけど。

結局は「問題解決の仕事」なんですよ。ソリューション業務なんですよね。おばあちゃんが持ってる悩みを工事で解決してあげるっていう、そういう仕事なんです。クライアントワークという意味では、コンサルに近いんですよね。事業の本質の部分がコンサルに近い。

──前にいのっちさんがドラマ『正直不動産1』に出てきた大工さんを見てがっかりされていたじゃないですか。「言われたことだけやりゃあいいんだろう」みたいな人が多いんじゃないかというのが、未だ世間一般が抱いている工務店のイメージかも知れません。

確かな技術を持っているんですけど、ちょっと技術に寄り過ぎていて、やっぱり営業力に欠けるんですよね。ああいう「技術屋さん」の工務店…うちも含めてなんですけど。番頭さんも親方も現場に入って一緒に、実際に叩きながらやっていくっていうのが施行屋、工務店のイメージだと思います。でも、それだとやっぱりクライアントワークには向いていないんですよね。それをずっとやってきた人たちは。でも実は、クライアントワークだけでも駄目なんですよ。営業だけでもやっていけない。ここに難しさがあって。世間一般で見ても、これを両面やってる人は意外と少ないんですよ。

――そこに商機を見出したと…

もちろんいるとは思うんです。そういう技術を持ってる人は。僕もそんな特別な技術でやっているわけじゃない。ただペンキを塗るだけ、敷居を白で塗るだけ。そういう話で、確かにやってること自体は皆当たり前にできることばかりなんですけど、それをちゃんとクライアントワークで出来るかっていうのが、なかなか難しい。

──両立できる人が意外と少ないと。クライアントワークは、相手がいる仕事ですからね。言葉尻だけではなく、相手の真意を汲み取らないといけない。

それが出来ない人は、法人とか不動産屋さんの下とか、中堅クラスのゼネコンの下とかの「請負」をやっているんですよね。経営的にはどっちがいいかっていうと、やっぱり工事費が増す方がいいです。瞬間的には。売上が上がれば金額も多い。やっぱりいいんですけど、地元でやってる方はなかなか儲からない。細々した仕事をやっている中で、色々派生して新しい仕事に繋がって、まあなんとかやっていけるかと、そんな形態になっていくのだと思います。地場で生きていくっていうのはそういうこと。上手くやってる人たちもいるとは思うんですけど、そういう関係の中でのマッチングも相当に難しいだろうと思っているんです。

──じゃあそういう業者はポータルサイトで食べればいいのかっていうと、その瞬間に、結局ショッピングモールに入ってるテナントと同じになっちゃいますからね。実際は、お客さん自身で業者を見つける過程と、見つかったと確信した時の喜びが非常に大切というか。ポータルサイトだと結局、どこに声掛けしたらいいか分からなくなっちゃう。そういう人が身近にいるっていうことが、その街にとって物凄いアドバンテージになっているんですよね。

▲和室の押入れビフォーアフター例。おばあちゃん(?)の悩みを工事で解決する「工務店の脳内」シリーズ。

「中古感」の正体

――リフォーム提案をする中で、特にこだわっているところはあったりしますか?

前住んでた人の気配を感じる部分とか、そういうのは出来る限り無くしていこうというのはありますね。ただ、それは中古の物件であれば一番仕方ないところでもあるじゃないですか。買う人にとっては「まあ中古だからね」って、ある程度妥協して買ってもらうしかない中で、その「中古だからなー」っていう、その感情がどこで発生するかっていうのを、以前売主さんと二人で一緒に考えたんですけど。それってやっぱり前に入居されてた人の〝気配〟なんですよね。壁に刺したままの画鋲1つにしても、それが使える物、使えない物に関わらず。例えばフックがちょうど便利なところに刺さってて、「これはカバン掛けられるね」ってなったとするじゃないですか。でも「そういうのも含めて一回全部取ろう」と。

──なるほど…

建築として最初から付いている物じゃなくて、住んでた人が後から付けたりしているものがあるじゃないですか。そういうのは一旦全部取っ払います。あと、ドアノブとか取っ手とかですね。人が触るところ。そういうところはいつもやっていますね。よくわかんないテープやシールも剥がします。なんか貼ってあったりするんですよね。何のためかよく分からないテープ(笑)。剥がした跡がどうしても消えなかったら塗ったりしますね。

あとはプラスチック部分がどうしても劣化して色が黄色くなるので、そういうのは絶対やりたいですね。インターホンの本体の黄ばみとか、ああいうのも築古感を醸し出してる。そういう細かいところですね。コンセントを変えるとか。一個一個やっていくと、なんか綺麗になるんですよ。色あせも含めて「中古感」の一端を担ってしまっているので、そういうのは変えていこうっていうのはありますね。

──分かります。黄色くなったコンセントプレートは目に付きますよね。スイッチにしてもこう「ナショナル」って書いてあるくらい古いものだと、指の垢が黒く残っていたり。確かに新しく入居する人は、そういうところは気にするでしょうね。

むしろそういう細かいところの方が気になったりするんですよね。良いコンロとかが入っていても、結構「まあ綺麗だね」で終わるんです(笑)。長時間使うと勝手に火が消えるとか、魚焼きグリルが両面焼きとか、そういうことよりも。もちろん実際に使えばきっと良さは分かってもらえるんですけど。コンロとか仕様も色々ありますけど、替えるのであればそこそこのランクのものにしておいて、実際は細かい所をやっていくっていうのを1つのルールとしているんです。

──これをそのままの意味で読んだ人は「そういう感じなの?」って思うかも知れないですけど、結局これによってリフォーム費用が最小限に抑えられていて、価格に転嫁された時に買主側の利益にもなっていますからね。あと、こういう工務店さんとお付き合いすると、住み始めてからもそういう提案をしてくれるだろうというのは、最初っから完璧なものを提案されるよりも自分だったら嬉しいですね。住んでいるうちにどんどん変わっていきますからね、生活は。子どもが生まれたら変わるし、その子が大きくなって家を出て行ったらまた違うのだろうし。そうなった時に、家自体も変わっていかざるを得ない。最初から作り込み過ぎちゃうのは正直どうなのかと。それも一つの「思いやり」ではないかと。

はい。そういうのは僕もやりがいの一つですね。

──問題解決の手段としてのデザイン。それが施工ってなると急に泥臭さや埃っぽい感じがあって、対してデザインっていうのはなんかおしゃれな感じみたいなのが一般的なイメージとしてあると思うんですけど、本質は全部一緒で、結局ものづくり…カタチを作る人達っていう意味では、特に地場の工務店の方とかそういう「納まり」を考えている方って、皆さん現場でしっかりデザインをやられていると思うんですよね。いのっちさんは謙遜されているので大体いつも冒頭のような言い回しになるのですが(笑)。

僕はそれでいいと思ってるところがあって、そういう意味でのデザインはできるんですけど、写真で見てすぐにカッコイイと分かるようなデザインはちょっとできないので、そこは自分の領域ではないところだと自分で線引きしている感じですね。

──その「写真で見て分かるカッコいいデザイン」と、いのっちさんの仕事はズバリ何が違うのでしょうか?

一般的な意味での建築家とかデザイナーの方って、基本的には全体の空間で設計するじゃないですか。だからパッと見てカッコいいとなりますよね。今回の「納まり」っていうのはもう少し細かい話で、「実際に使ってみないと分かんない」みたいなのが納まりのデザインだと思うんですよね。デザイナーの方はそういう細かい設計をした上でトータルのカラーコーディネートからされるので、空間のパッと見もカッコいいし、その上使い勝手も問題ないというところまで全部設計されている人が本当にすごい人だなって思うんですけど、やっぱり施工業者だけではそこまでいけなくて。

──仕事の受け方の違いですよね。現場ごとに違いますからね。それこそあの赤文字の「工務店の脳内」じゃないですけど。「納まり」のデザインの〝素〟というか、そこからどうしていくかっていうのは、他の工務店さんにもぜひ聞いてみたいですね。

▲「中古感」の原因の一つであるタイル目地の黒ずみ。”ぺんてるホワイト極太”を塗るだけでここまで解決!

地場工務店のキャリアデザイン

キャリアスタートは(本当の)新築の現場監督から

──いのっちさんはいつ頃からこの仕事をされているのですか?

僕は高校を卒業して、それからずっとですね。最初は別の工務店に勤めて、現場監督に。ずっと今のような感じの仕事を6年半ぐらい勤めて、辞めて、今のスタイルで11年目っていう感じですね。店舗とかはやらずに、住宅のフィールドでずっとやっていますね。

──それは先代、お父様の代から会社のお客様がそういう関係だったからでしょうか?それともいのっちさんの方で「これからはこうしていこう」っていうのがあったのでしょうか?

住宅を前の会社でやっていたので、その時は新築ばっかりだったんですけど、その経験が生きた方がいいなと思ったのでそれでいこうって感じですね。色々あると思うんです。医院ばっかり作ってるところとか。カーディーラーばっかりやってるとか。パチンコや商業施設とか、いっぱいあるんですけど、その中でもまあ住宅でやってきたのでそこは変えない方がいいかなっていうのがあって。

──そこは結構いのっちさんの一存で?会社としては実際そのタイミングで変えることもできたということでしょうか?

そうですね。新規のお客さんをどういう方向性で取っていくかっていうだけの話で。それまでと違う層を顧客にするんだったら、その方面に営業をかけていけば徐々に変えていくことはできたと思うんですけど。あえてやることもないですし、それまで自分がやってきたことを深めていったほうがいいかなと。

──「住宅がいいな」「店舗がいいな」っていうのが特にあったわけではなくて、最初に入ったところが住宅をやってたし、今までやってきたし、じゃあこのまま住宅でやっていくかみたいな感じだったと。

そうですね。特に住宅が好きだからとか、やりたいからっていうわけではなくて。それが得意になってきたので、得意な分野で困った人が助かればそれもいいかなっていう。自分が好きかどうかは別にこだわってないというか。いや、別に嫌いじゃないですよ?もちろん嫌いではないんです(笑)。けどその大枠で行けば同じかなとも思いますし。店舗をやろうが何をしようが、建築っていう分野の大枠でいえばやること同じですから。まあそこでわざわざ変えなくてもいいかなと。

でも実は、僕の中では不動産の領域で仕事をやっていくうちに結構路線が変わっていったんですよね。

──好き嫌い関係なく変わっていった。

そうですね(笑)。それまでは実需の、実際住んでいる家で困ったことがあって、それをリフォームして解決するっていう形しかなかったんですよ。なので、出口としてはその困ってたことを解決させればそれでオッケーだったんですけど、再販物件っていうのは最終的に買い手が現れて、それが広く一般市場で受け入れられるリフォームをすることがひとつのゴールで、そこは若干違うんですよね…感覚が。予算が受けられるかどうかっていうのもありますし、そこはちょっと僕の中では新しいチャレンジだったんですけど、色々やってみると、やっぱり同じ住宅っていうところはあって。作業としては結局一緒なんですよね。なのでそういう意味では、今も自分の経験が活きているので良かったかなと。

──試行錯誤しながらも、それまでの経験が重なる部分が大きかったんですね。以前の会社から今のご実家の会社に戻られたきっかけが何かあったのでしょうか?

きっかけは、やっぱり現場管理とかって給料が安くてブラックなんですよね。会社によっては。まずそこで辞めたくなったのと、あとはまあ…よくあるパターンですよ。

──転職理由の7割は人間関係と言いますからね…

そうですね。もうそういうのです。25の時に。何か深い理由とか本当になくて、そんな感じで辞めたんですけど。僕の場合はやっぱり実家っていうベースがあったっていうのが一番大きいところで、それはありがたい感じでしたよね。楽観的でしたね。まあ何とかなるかなって。

▲LDKのビフォーアフター例。工事費用以上の価値を乗せた金額での再販が可能となる。

地場工務店という〝家業〟の引継ぎ

──お父様はお父様で仕事をされていたんですよね?方向転換じゃないですけど、いのっちさんが入られたことでこういう仕事が加わったとかはありましたか?今もそうだと思いますけど、お父様の仕事と何か線引きをされているところはあるのでしょうか?

11年やってきて、その間に結構変化もあったんですけど、最初のうちは仕事も無いので父と一緒に行って。今も一緒にやっているんですけど、社内で部署みたいな感じで分かれているわけではなくて。最初は仕事も人脈も何もないわけですから、前の会社のところから仕事を貰ったりとか回ったりとか順番にやって、元々あった会社の顧客を引き継ぎ、「今後は息子に任せます」みたいな感じで。まあそれもやっぱり7、8年ぐらいかけて順番にって感じですね。

──7、8年…そのくらいかかるものなんですね。サラリーマンだったら考えられない引継ぎ期間。

地場工務店の特徴って、会社に頼むっていうよりもやっぱり「その人」に頼むみたいな色が強いんですよね。何かあって電話したらその人が来てくれるんだと。顔を見たことがあって知っている人が当然来て、家の中にお邪魔するわけじゃないですか。それは結構心理的ハードルが低くなる要素だなと思っていて。

だから最初に何か困ったことがあって電話できるのって、「その人」の顔が浮かぶ状態だからってことなんですよね。それが切り替わるのに…やっぱりそれぐらいかかりましたね。順番に「あとは息子がやっていくので」みたいな紹介はしていても、どうしても「困ったこと」は突発的に発生するじゃないですか。その時に頭に思い浮かんで電話をかけようってなるのが父だったので、切り替わりにどうしても時間がかかる。

──しかもスーパーみたいに毎週行くような所じゃなくて、お願いされるのは数年に1回。で、何かあった時に「このタイミングで引き継ぎしなきゃ」ってなると、実際そのくらいかかると…。

電話の窓口は先代の父だったとしても、現地に行くのは僕になるのですが、そこで2、3回やっていくとようやくこっちに直接かかってくるようになるんですよ。その頻度が年に1回とかなので、それを3クールぐらいするとようやく電話がかかってくる。それでようやくバトンタッチがなされていくという。そういう顧客の継承なんかもありがたい話ですよね。職場環境としては。

父はかなり言いたいことを我慢していると思いますよ。かなり任せてくれているので、そこもありがたいところですよね。結果として今までなんとかうまく回ってきたっていうのは、ある程度任してくれたっていうのも大きいかもしれない。普通任せられないじゃないですか、そんな急に。それも地場ならではというか、親子で連携してるっていうところが、お客さんとしても許容できる点なのかも知れないですよね。そこでもしミスっても「親子」で「地場」っていう。「なんか問題あったらまた親父に電話すればいいや」みたいな。リフォームの仕事で言えば、まあ最悪、何かあったらやり直せばいいじゃないですか。だから、お客さんとしても任せてくれる。

──お客様もいい意味で開き直れる要素が、地場工務店にはあるのかも知れませんね。

今振り返ると、大きい心で見守ってくれてたのかなとは思いますね。なんか20代の若造が「あとは引き継いでやります」「あ、そうですか」って話じゃないですか。「じゃあ、はい」みたいな(笑)。お客さんたちもやっぱり父親の世代なので、メインが当時50代~70代の層ですから余計にそうですね。

──営業もそうですけど、やっぱり20代はお客様に育てられますね。

一方で、会社としてはやっぱり地場スタイルっていうのは、会社をスケールさせるっていう意味では駄目なんですよ。これ以上、良くも悪くもそこに収まっちゃってる状態で。そうなるとちょっと会社としてはリスクなので、少しずつ種を撒いているところです。50代~70代ってことは、その顧客層はどうしてもだんだんといなくなっていくわけですから。

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プロ工務店の未来

意外と知られていない「プロの領域」

──いのっち工務店はなぜリピーターが絶えないのでしょうか…?

問題解決の過程において取引というか仲介というか、自分が間に入る事、それ自体に安心感を持っていただいているのが一番大きいと思います。あとまあ、ちゃんと色見本が出てくるとか、そういう基本的なところで頼んでくれているんだろうなっていうのが1つ。あとは単純に、他に頼む人がいない…みたいなところでしょうか(笑)。

──やはり安心感が一番なんですね。ちなみに他の業者さんだと色見本を持っていない場合があるということなのでしょうか?

全然ないですよ、全然。そこらへんの塗装屋さんに頼むと、A4の薄っぺらいやつしか出て来ない。それで「何にしますか?」って言われてもパーツも何もないので、コーディネートをどういうふうにすればいいかも分からない状態なんですよね。それでも自分でインスタとか見て「上はこれで、下はこれにしてください」って自分で決められる人ならいいんですけど。実際はほとんど分からないじゃないですか。どのパーツを塗ればいいのか、樋はどうするのか、目地はどうするのか…そういうのが分からなくて困る人がほとんどだと思うので。まあ普通はそこまでやんないですから。逆に、お客さんが全部自分で考えて発注しないといけないから安い。そういう仕事もあったりしますね。

──いわゆる分離発注ですね。

はい。だから、塗装だけですむような話だと僕らの出番はほとんど無いんですよ。交通整理のしようがないので、そのまま頼んだ方がオトクな場合もあるとnoteには書きました(笑)。何に対してお金を払うかなんですけど、新規のお客さんの場合はそうやって言ったりしています。既存のお客さんに関してはそこら辺が…つまり「工務店に頼む」っていうのはどういうことかっていうのがわかっているので、うちのお客さんとして残っていただいているところがあると思っています。

──外壁塗装の他に雨漏りの補修とかクロスの張り替えとか、内装工事がいくつか組み合わさっていると、工務店の良さが伝わりそうですね。

まさにその通りで「原因はわかんないけどなんかこの辺から水が漏れる」みたいな話があるとして、それをどういう風に工事で落とし込めばいいか分からないじゃないですか。雨漏りを直したいんだけど、単純に屋根を直せば直るものなのかすらも分からないので、そういう場合はうちに頼んでもらえると問題解決の部分が一番発揮できるので、それで役割は果たせるかなと。ただ単に塗装がしたいと決まっていると、実はあんまり役割が無い。

でも逆に、本当に専門業者や職人さんに直接頼むと、「やりたいことが分かってないとうちも困るんです」ってなっちゃうんですよね。「決めてくれないと」ってなっちゃう。お客さんは「提案がプロの仕事でしょ?」「何か提案してくれないの?」ってなっちゃうと思うんですけど、それはお客さんが捉えているプロの意味が違うんですよ。問題を発見するプロと、計画するプロ、技術で納めるプロでそれぞれ違うので。私たち工務店の仕事は問題を発見するところから、なんですよね。

──これはエンドのお客様は勘違いしている人多そう。プロの「領域」の話からしないといけないと。

例えば屋根屋さんで、屋根が問題であればわかるんですけど、ほとんどの場合が複合的に絡み合ってその問題が発生してるんですよね。つなぎ目とか屋根が悪くてとか、樋が悪くて外壁のココが悪いからこうなってるという風に複合的に絡み合っているので。どうしても一業種じゃ分からないことが結構あるんですよね。それを全体が分かってる人が見ると…まあ普通に分かるんですけど、それは専門業者では特定できるところが少ないんじゃないかなと。だから我々みたいな立場が生きてくるんですよね。

──工務店を中抜き業者みたいに言って叩いているDIY系のポストとかよくありますけど、実際に分離発注して失敗して、勝手に怒っていたりするので、それも含めて漫画だなと思って見ています(笑)。工務店は企画とか問題解決を扱っているところなんだと。いのっちさんがまさにそういう仕事をしているんだっていうのは、このインタビューを通じて最もお伝えしたいことの一つですね。

でもこれ、最近まで僕自身が自分でわかってなかったんですよね(笑)。

──「あ、自分はそういう仕事をしていたんだな」みたいな気づきがあったと。

3、4年ぐらい前までは正直分かっていなかったんですよね。違いが。なんで昔からのお客さんはうちに頼んでくれているんだろうっていう。その塗装屋さんに頼めばいいじゃんと思っていたんですよ、ずっと。それが僕も一社しか経験してなかったっていうのもあって、実家帰ってきてもわかんなかったんですよね。工事だけなら誰がやってもある程度のクオリティは出る。そこになぜ工務店としてのポジションがあって、それのどこに需要があるのかっていう。その中で自分ができていること、提供できることは何だろうっていうことをずっと考えていた時期がありまして。

で、ある日突き詰めていったら、結局そういう問題解決のところが事業の主軸の部分なのかなって。逆にそれがわかれば、そこを伸ばしていくっていうか、強みを持ってそういう仕事をやっていければ他と価格競争とかにもならないですし。ただ単に工事をやってるだけっていう仕事じゃないなって思ったんですよ、工務店の仕事は。それに気づいたのが結構最近なんですよね。

──それはXを始められる前ですか?

そうですね。2020年にXを始めたので。始めたっていうかアカウントはずっとあったんですよね。アカウントはずっと放置してあって。自分の中でこういうことを価値提供していけば需要があるんだなと。そこに需要があるから自分たちは生きていられるんだなって、そこに気づきがあって。それまでは色々相談していたんですよね。いろんな人に。もちろん親父にも相談してて。

で、自分もそういうことをやっていかないといけないんだって思い立って、しばらくしてからどこかで発信したいなっていうのがあったので、まずXを始めて、noteもちょっとやり始めたりとかっていう風にしてたら意外と受け入れられたので、やっぱり間違ってなかったのかなっていう。そういった答え合わせもしたくてXを始めたっていうのはありましたね。

──いのっちさん、よく「言語化するのは難しいんですけど」って仰いますけど、僕は個人的にいのっちさんの文章がすごく面白くて好きなんですよね。

それ言われると嬉しいですね。

──noteで長いのもかけるし、Xで短いのをちゃんとまとめられるというのも凄いことで。キラーコンテンツも沢山持ってますし。「ビフォーアフター」もそうですよね。「工務店の脳内」とか、幾つもある。そうすると一気に数百いいねがついて。ズルい(笑)。

ズルいんですよ(笑)

──認めちゃった(笑)。らいおんさんともよく話してます。ビフォアフはズルいと(笑)。でも実際フォロワーがサクッと見たいのはあれですもんね。

それこそ前にらいおんさんとも話していたんですけど、あれも実際は一長一短あって、リスクも高い。ビフォアフ以外のやつ全然いいねつかなくなりますから。ビフォアフで300いいねついて、ポエム流すと10いいねとか(笑)。

──でも、ああいう風に絵で見せられるのは凄くいいなって思います。

▲洗面室のビフォーアフター例。コストダウンの方法まで明記してくれる有難いポストにズルいも何もないだろう。

実需リフォームと再販リフォームの違い

──これからもうちょっとXの取引増やしていきたいとか、会社というかお仕事の方向性みたいなのはあったりしますか?

今までやってきた実需のリフォームでの細かい要望というか、小さい悩みの集まりみたいなのを一個一個解決する工事を提供するっていうのが、不動産業界のリフォーム屋さんだと意外と少ないんじゃないかなと思っているんですよね。個人の家は散々やってきたので、不動産会社さんとか大家さんとかに僕が役立つポジションがあるならそっちの領域を増やしたいと思っています。

例えば今は中古マンションがいっぱいあるので、その市場はでかいと思っていて。ただ一般的に直して終わりじゃなくて、少し掘り下げてどうリフォームするかっていうところを。それこそキラキラのリフォームはしなくても「これでいいじゃん」じゃないですけど、そういうリフォームです。結局は一つ一つのオーダーメイド型ではあるので、パッケージ化されてはいないですけど、良くも悪くも「うちはこういうことやってます」じゃなくて、その物件ごとに異なる要望に合わせていく。問題があるものを一つ一つ聞いていって、最適解を出していくという。

それって多分デザイナーさんとか設計士さん、建築士さんとかの領域の仕事なんですけど、頼む方がそこまでではないかな?とか、そこまで行くのはちょっと物件的にも色んな面で敷居が高いなっていうところで、それだったらちょっと気が利く工務店さんに頼もうかなぐらいのところがベストポジションじゃないかなって。

──なるほど、確かにそう考えると、買取再販はそのスタイルにバッチリですね…!

そうなんですよ。あとはもうソファーとかカーペットとかで自分色に染めていけばいい話なんで。それが再販物件の最大の特徴で、実需のリフォームっていうのは実は間逆なんですよ。実際そこに住む人がお客様なので、その人の好みを建築の方でやっちゃってもいいんですけど、再販物件でそれをやっちゃうと偏った感じになっちゃうので。それがたまたま工事的に簡単…いや簡単というと駄目なんですけど(笑)。理にかなってる。まさに工事的に「納まる」んですよね。

──最適解の追求。

全部やりかえるんじゃなくて不具合がある所だけ取って、こねくり回しながら細かいところを直していくことこそ、次にこの物件に住まわれる方のメリットなんじゃないかと。まあ一番は価格に反映されていると思うんですけどね。

デザイナーを入れてガッチリやればすごい額の話になっちゃうんですけど、さっき言ったみたいにクロスにしても結局一面だけ張り替えてるわけですから。ただ単に張り替えたらそこだけ色が変わっちゃうので、必死で合うものを探して。他は張り替えられない、傷つけられないわけですからね。現場で出た端切れを持って帰って来て合わせて、探して。ここだけ貼れば違和感なく何事もなかったように再生するっていう。普通にSPの真っ白のを貼ったら、違和感出て終わっちゃうので。…今更ですけどこんな話、本当に文字だけで伝わります?(笑)

──大丈夫です。なんとかします(笑)。でも過度なものを避けて最小限で、って本当に大切なことですよね。もしそれ以上を求めるなら、それは買われた方、住まわれる方がやればいい話であって。逆に作り込みすぎてはいけないものなんですよね。作り過ぎてはいけないものを作り込んで、高いお金を取るっていうことが本当に買主のためになっているのかっていうと、そうじゃないと。それは思いやりじゃないです。

ありがとうございます(笑)。そう言っていただけると励みになりますね。

――読者の皆様には、いのっちさんのこういったお仕事から、「ちょうど良さ」や絶妙なバランスで納まったデザインを少しでも感じて貰えればと思います。いのっちさん、本日は貴重なお話ありがとうございました。(了)

▲Xのヘッダー画像。業者の本音と裏技リフォーム術…看板に偽りなしのポストは必見。
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ouki
1981年愛知県生まれ。ナゴヤの暮らしとデザインをつなぐクリエイティブマガジン『delaDESIGN-デラデザイン』編集長。不動産仲介会社で営業組織マネジメント業務に従事。キングダムをこよなく愛する宅地建物取引士。
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